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ハルウララ 



ハルウララ
牝馬、鹿毛、信田牧場生産(1996年2月27日生)
父:ニッポーテイオー、母:ヒロイン、母父:ラッキーソブリン
高知競馬場:宗石大厩舎
成績:113戦0勝


現在、現役ですがあえて”覚えていますか”にアップしました。
このコーナーで初めて牝馬登場です。

先日、テレビのニュースにホリエモン(競走馬です)が出ていました。
そういえば、ハルウララは???なんて思い出しました。
みなさん、ハルウララのこと覚えていますか?。
ハルウララはタレントホースでもペットでもありません。
立派な競走馬です。


Remember11_2.jpg

2004年1月2日に高知競馬場に行きました。
驚くことに出走表は手書きでした。
券売機はないので(もしかするとあったかも知れない)馬券は窓口で購入です。
なんて、時代錯誤な競馬場。
まぁ、それほど経営が厳しいということなんでしょう。

Remember11_3.jpg

ハルウララと記念撮影をパシャリ。
こんな感じで競馬場の中はハルウララ一色でした。

お客さんはハルウララ目当ての観光客?でいっぱいでした。
県外ナンバーの車が非常に多かったです。
馬券の買い方も良く分かってない人が多くて、馬券売り場の窓口は混雑してました。
競馬場の常連としてはイライラする状況でした。

あ、でもクジラの串カツは美味しかったですよ。
さすが高知です。

Remember11_4.jpg

そしていよいよ主役のハルウララ登場です。

実はにゃこはパドックを見に行けなかったんです。

馬券売り場に物凄い行列ができていました。
長い時間並ばないと馬券を購入できない雰囲気でした。

夫婦で役割分担です。
主人は撮影係り、にゃこは馬券購入係りです。
人ごみの中での写真撮影、主人の方が圧倒的に有利です。
ちょっと悔しかったにゃこです。

Remember11_5.jpg

調教師とツーショット、パシャリ。

Remember11_6.jpg

厩務員さんとツーショット、パシャリ。

Remember11_7.jpg

そして本馬場入場、返し馬。

本馬場はおばさん達の奇声で恐ろしい状況になってました。
「ぎゃー、ウララちゃ~ん」
体を乗り出して手を振ってます。

にわか競馬カメラマン達・・・。
馬に向かって鬼のようにフラッシュをたいてます・・・。

馬場にいる馬達、おびえてました。
にゃこは、日本ってなんて悲しい国なんだろうと思いました・・・。

サラブレッドって非常に繊細な生き物です。
大きな音やフラッシュに驚きます。

特に、ハルウララは臆病な馬。
テレビではさかんにそのことを伝えてたと思うのですが・・・。

もっと悲惨なことに、馬券を売りさばくのに時間がかかり発走時間が20分遅れました。
馬にとっては物凄いストレスだったと思います。
これが公正な競馬なのか、高知競馬場????。

Remember11_8.jpg

まぁ、いろいろおかしなことはありましたが、一応レースは無事終了。
ハルウララ、晴れて101連敗です。

ハルウララの馬主、2006年の3月に引退レースをするようなこと言ってましたね。
黒船賞で武豊が高知競馬場に来る日を狙っているのでしょう。

ハルウララは競走馬、客寄せパンダではありません。
十分、頑張ったと思います。
早く引退させてあげて欲しいです。

引退後は、うらかわ優駿ビレッジAERUでのんびり余生を送ることになってます。

父親のニッポーテイオーもいるんですよ。

にゃこも何度か行ったことがあります。
とても静かないい場所です。
臆病者のハルウララがのんびり過ごすには最適の場所だと思います。

馬主さん、もうそろそろ「お疲れ様」と言ってあげたらいいんじゃないですか?。
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[2006/02/05 00:30] 覚えていますか? | トラックバック(-) | コメント(4)

マンハッタンカフェ 



マンハッタンカフェ
牡馬、青鹿毛、社台ファーム生産(1998年3月5日生)
父:サンデーサイレンス、母:サトルチェンジ、母父:Law Society
美浦:小島太厩舎
生涯成績:12戦6勝


今週末は有馬記念なので、マンハッタンカフェの登場です。
写真は2004年12月に社台スタリオンステーションで撮影したものです。

サンデーサイレンスの後継者候補ですね。
その中でも、一番父親に容姿似ています。
ドラマでサンデーサイレンス役で出演していましたね。

優勝したG1は菊花賞、有馬記念、天皇賞(春)です。
いかにもステイヤーといった戦歴ですね。

Remember10_2.jpg

マンハッタンカフェのG1初優勝は2001年の菊花賞でした。
このレースは人気薄のマイネルデスポットが単騎大逃げをしてました。
人気馬達はそんなデスポットをムシして、けん制しあっているように見えました。
人気馬って、ジャングルポケット、エアエミネム、ダンツフレーム達ですよ。

6番人気だった、マンハッタンカフェの菊花賞優勝は展開に恵まれた為だと思ってました。
ゴメンネ、マンハッタンカフェ。

そして、菊花賞の次は有馬記念へ出走することになりました。

Remember10_3.jpg

菊花賞優勝がフロックだと思った私は、有馬記念ではマンハッタンカフェを馬券の対象にしませんでした。

でも、今から思えばバカな馬券の買い方をしたと思います。
菊花賞4着のジャングルポケットが、菊花賞からJCに直行して優勝してます。
っていことは、菊花賞で優勝したマンハッタンカフェは古馬相手に通用する力があると判断できますよね。

そして2001年の有馬記念の結果は1着マンハッタンカフェ、2着アメリカンボスでした。
人気薄のアメリカンボスのおかげで馬連48,650円の大波乱でした。
2001年といえば、ニューヨークで大きなテロがあった年です。
アメリカにちなんだ名前の2頭が、ニューヨークに向かって「頑張れ!」って言いながら走ってたのでしょうか?。


Remember10_4.jpg

2002年には天皇賞(春)を優勝。
長距離路線では敵無しといった感じでした。

そして、秋にフランスに遠征して凱旋門賞に出走します。
日本生産育成馬の凱旋門賞初優勝を期待されましたが、13着と惨敗・・・。
レース中に左前脚を故障して引退しました。


現在は社台スタリオンスターションで種牡馬のお仕事をしています。

私が、2004年12月に見学に行った時にマンハッタンカフェは放牧地にいました。
その時に、マンハッタンカフェは自分の強さを誇示するような行動を見せてくれました。
正直、私はビビリました。

動画があるので公開したいのですが、編集がうまくいかなくて後日、公開します。

いつかマンハッタンカフェ産駆の青鹿毛の牝馬に出資したいと思ってます。
お父さん似なら、きっと走りますよ。

2006年1月14日、動画を追加しました。続きはこちら>>
[2005/12/24 12:14] 覚えていますか? | トラックバック(-) | コメント(6)

ナイスネイチャ 



ナイスネイチャ
牡馬、鹿毛、渡辺牧場産(1988年4月16日生)
父:ナイスダンサー 、母:ウラカワミユキ、母父:ハビトニー
栗東:松永善晴厩舎
生涯成績:41戦7勝

写真は2003年7月に渡辺牧場で撮影したものです。

有馬記念の季節になると思い出す1頭です。
と言っても、にゃこはナイスネイチャが有馬記念を走っているのを見たことがありません。
それは、あの年の有馬記念からにゃこの競馬人生は始まったからです。

ナイスネイチャはG1優勝はありませんでした。
でも、優秀な成績ですよ。

4連勝で臨んだ菊花賞は4着。
優勝した重賞レースは小倉記念、京都新聞杯、鳴尾記念、高松宮記念(当時G2)です。

Remember9_2.jpg

もっと凄いのが、5年連続有馬記念出走です。
3歳時:ダイユウサクが優勝した波乱の有馬記念で3着
4歳時:メジロパーマーが優勝した有馬記念で3着
5歳時:トウカイテイオーが優勝した有馬記念で3着
6歳時:ナリタブライアンが優勝した有馬記念で5着
7歳時:マヤノトップガンが優勝した有馬記念で9着

Remember9_3.jpg

私がナイスネイチャの名前を聞いたのは1995年の有馬記念の頃です。
職場の先輩が「ナイスなネィちゃん、ナイスなネィちゃん」ってさかんに言ってたんです。
前日にきれいなお姉様のいる店でお酒を飲んでたんだろうと思ったら、有馬記念の予想をしていたみたいです。
・・・・おやじギャグですか?。
そしておバカなにゃこはしばらくの間、「ナイスなネィちゃん」は牝馬だと思ってました。

そして1996年の有馬記念。
6年連続出場の大記録がかかっていたナイスネイチャですが、出走を見送りました。
見送った理由は、怪我ではないのですが脚部に違和感があり大事をとった為、だったと思います。
その年の有馬記念が、にゃこの競馬人生の始まりの日です。
優勝したのは、サクラローレルでした。
にゃこの馬券、気になりますか?。
本命はホクトベガでした・・・。

Remember9_4.jpg

にゃことすれ違いで競馬界を去っていったナイスネイチャ。
引退して2年くらいは種付けのお仕事をしてました。
今ではのんびりと余生を過ごしています。

うふ、いい顔してますね。

[2005/12/06 15:05] 覚えていますか? | トラックバック(-) | コメント(4)

ステイゴールド 

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ステイゴールド (黄金旅程)
牡馬、黒鹿毛、白老ファーム産(1994年3月24日生)
父:サンデーサイレンス 、母:ゴールデンサッシュ、母父:デイクタス
栗東:池江泰郎厩舎
生涯成績:50戦7勝

写真は2005年7月にビッグレットファームで撮影したものです。

日本でのG1優勝はありません。
しかし、海外ではG1香港ヴァーズを優勝しています。

本当に個性的な馬でした。
ちょっと彼の戦歴をまじめに調べてみました。

G1レース2着が4回です。
シルバコレクターなんてニックネームをつけられてましたね。
前哨戦で期待したほど走らないのにG1で好走するので、G1のファンファーレが分かるのではないかという疑惑もありました。
ステイゴールドに確認することもできないのですが、JRAの7不思議として認定して欲しいものです。

1997年9月6日に3歳で3勝目を挙げてからなかなか勝てない日々が続きます。
G1で2着に入着する実力はあるのに、G2,G3でも勝てません。
そして、最強の3勝馬というニックネームもつけられます。

主戦騎手は熊沢騎手だったのですが2000年5月20日の目黒記念(G2)で武豊が手綱を取ることになりました。
そしてうれしい4勝目です。
6歳にして初めての重賞初優勝です!!!。
いやぁ、あれはいいレースでした。

ですが、それからも、やはり勝てないG1レース。
7歳になると同期のライバル達はほとんど引退してしまいました。
でも、ステイゴールドは現役続行です。

Remember8_3.jpgRemember8_4.jpg


7歳になってからの初戦、日経新春杯(G2)を優勝して幸先のいいスタートを切りました。

ドバイワールドカップデーにも参戦しましたね。
出走したレースはドバイシーマクラシック(G2)です。
ファンタスティックライトを抑えて優勝しました。
このまま勢いに乗って、G1優勝して欲しかったです。

しかし、以降のレースは全く勝てません。
宝塚記念4着、天皇賞7着、ジャパンカップ4着・・・・。
有馬記念で引退レースかと思ってたのですが、香港ヴァーズ(G1)に出走することになりました。
香港ヴァーズは香港のシャティン競馬場で年末に行われるレースです。

そして2001年12月16日、ステイゴールド香港で引退レースです。
日本からファンの方が大勢応援に行ってました。
その時のゼッケンには「黄金旅程」と書いてありました。
なるほどぉ~と感心したのを覚えてます。


肝心のレースですが、4コーナーを回って最後の直線で2番手でした。
しかし、先頭の馬からかなり離れた位置にいました。
もう、誰が見ても絶対に無理です。
追いつけるハズありません。

でも、ステイゴールドは先頭の馬にどんどん詰め寄っていきます。
まるで羽が生えたかのようでした。
私にはステイゴールドが飛んでいるように見えました。
そして、差しきって優勝です!。
50回走って、50回目でやっとG1優勝しました。

実はその日は私の誕生日なのです。
なんだか、ステイゴールドからプレゼントをもらったような気分でした。

現在はブリーダーズスタリオンステーションに種牡馬として繋養されてます。
ビッグレットから移動してたんですね。
この記事を書くまで気がつきませんでした。

産駒にはステイゴールドの気の強さと丈夫さが確実に受け継がれているようです。
もうそろそろ、彼を超える個性的な馬が現れるのではないでしょうか。
楽しみですね。

[2005/12/02 10:32] 覚えていますか? | トラックバック(-) | コメント(0)

タイキシャトル 



タイキシャトル
牡馬、栗毛、Taiki Farm産(1994年3月23日生)
父:Devil's Bag 、母:ウェルシュマフィン、母父: Caerleon
美浦:藤沢和雄厩舎
生涯成績:13戦12勝


今週はマイルCSですね。
なので、私が大好きだったマイル王、タイキシャトルの写真を紹介します。
2003年にアロースタッドで撮影したものです。
現在はイーストスタッドに戻ったのかな?。


デビューが3歳の4月と遅かったのですが、3歳時にマイルCS、スプリンターズSと優勝しました。
物凄い勢いでスターホースへの階段を駆け上った感じでした。


忘れもしません、マイルCSの前哨戦のスワンS。
スギノハヤカゼの応援に行ったハズなのに、タイキシャトルに心奪われてしまいました。
なんて、きれいな馬なんだろう・・・。

Remember7_2.jpg

翌年、4歳になって安田記念をあっさり優勝。
国内の短距離界には敵はいないって感じでしたね。
そしてその夏、フランスへ遠征してG1レースにチャレンジしました。
出走したのはジャック・ル・マロワ賞。
ドーヴィル競馬場、芝直線1600mのレースです。

確か、当時は日本では芝の直線のレースはなかったハズです。
シャトルは初めての直線のレース、私は期待より不安の方が大きかったです。
フランスで前哨戦を使わないで、ぶっつけ本番なのも不安要素の1つでした。
でも何も問題なかったようで、シャトルはハナを切りそのまま逃げ切りました。
日本調教馬、初の海外G1優勝でした。

私はリアルタイムで観戦できなくて、競馬場のターフビジョンで放映したVTRでレースを観ました。
勝つのは分かってましたが、感激しながらVTRを観てました。



その後、帰国したタイキシャトル、マイルCS、スプリンターズSに出走して引退することになりました。
マイルCSはあっさりと連覇してしまいました。

が、しかし、スプリンターズSではマイネルラブ、シーキングザパールに敗れて3着でした。
引退レースで若いマイネルラブに引導を渡してもらうなんて、シャトルらしい感じがしました。
その日のうちに引退式をして、さっさと種牡馬生活に移りましたからね。

1999年から種牡馬生活に入りましたが、初年度産駒ウインクリューガーでいきなりG1優勝しましたね。
今年もメイショウボーラーがダートのG1を優勝。
これからも、G1で活躍する馬がどんどん生まれてくるといいですね。

最後にタイキシャトルが”あっかんべー”してる写真を紹介します。
ちょっと、変な顔なので彼の美しいイメージを壊したくない方は見ない方が賢明かと思います。続きはこちら>>
[2005/11/14 15:36] 覚えていますか? | トラックバック(-) | コメント(4)
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